生活保護訴訟、国側は異例の「敗訴判決」を要望。負けても良いから踏み込まれたくない論点とは?
国による2013年以降の生活保護費大幅減額の取り消し等を求める「いのちのとりで裁判」。このうち、秋田・兵庫・佐賀・熊本の4訴訟の上告審の口頭弁論が、9月29日、最高裁判所第3小法廷(林道晴裁判長)で開かれました。
前号では、口頭弁論において各地の原告が意見陳述した内容をお伝えしました。今号では、それぞれの代理人の主張のポイントをお伝えします。
国側代理人は「昨年同様の判決」を要望
口頭弁論で国側の代理人は裁判所に対し、国側が敗訴した昨年6月の最高裁判決(愛知訴訟・大阪訴訟の判決)に沿った内容の判決を出してほしい、という異例の要望をおこないました。これは今回の4訴訟においても国が敗訴することを認めた上で、内容面において「前回以上の責任追及はやめてほしい」と懇願したことを意味します。
昨年6月の最高裁判決は、裁判官全員が一致して、引き下げの主たる根拠とされた「デフレ調整」の違法性を認め、減額処分の取消しを命じるという画期的な原告勝訴判決でした。しかし、個別の論点では裁判官の意見が分かれたものがあります。
一連の裁判において、国側は2013年からの基準引き下げが厚生労働大臣の裁量の範囲内であると主張していましたが、最高裁判決は厚労大臣が基準改定にあたって「専門技術的かつ政策的な見地からの裁量権」を有するものの、その判断に「上記見地からの裁量権の逸脱又はその濫用がある場合」には生活保護法3条と8条2項に違反し、違法となると指摘。裁判所が裁量判断の適否を審理するにあたっては、「主として本件改定に至る判断の過程及び手続に過誤、欠落があるか否か等の観点から、統計等の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性の有無等について審査されるべき」という判断枠組みを採用しました。これは行政の決定に至る「過程及び手続に過誤、欠落があるか否か」に審査を限定するという「判断過程審査」と呼ばれる手法です。
最高裁はこの判断枠組みを用いて、全員一致で「デフレ調整」を違法と認定しましたが、その一方で、もう一つの減額の根拠とされた「ゆがみ調整」(低所得者世帯の消費実態との比較で保護世帯間のバランスを調整するもの)をどう見るか、という点と国家賠償請求を認めるか、という点については裁判官の間で意見が分かれました。
「ゆがみ調整」はもともと専門家からなる社会保障審議会生活保護基準部会で議論されていたものですが、2013年1月に出された基準部会の報告書には、「ゆがみ調整」を実施した場合、60歳以上の高齢単身世帯については基準を引き上げる必要があることを示唆する試算結果が含まれていました。
この試算結果に困った厚労省は基準部会にも知らせず、秘密裡に「ゆがみ調整」の割合を「2分の1」に処理することを決めました。高齢者世帯の増額幅を半分にして、さらに「デフレ調整」をおこなえば、高齢者世帯についても減額させることができ、自民党の政権公約である「保護基準の1割カット」に近づけると考えたのでしょう。
この「ゆがみ調整2分の1処理」問題は、2016年に北海道新聞の本田良一記者がスクープ記事を出したことにより、明るみになりました。本田記者が情報開示請求により、2013年1月、厚労省の村木厚子社会・援護局長と古川夏樹保護課長が首相官邸で世耕弘成内閣官房副長官と面談し、「2分の1処理」について説明していた内部資料を入手したのです(肩書はいずれも当時のもの)。
「政治性」をそぎ落とした最高裁判決
「いのちのとりで裁判」で「ゆがみ調整2分の1処理」問題はデフレ調整とともに大きな争点になりました。名古屋高裁や熊本地裁、埼玉地裁などの判決では「ゆがみ調整2分の1処理」も違法と認定されました。
昨年6月の最高裁判決は「ゆがみ調整2分の1処理」は適法と認定し、国家賠償請求も認めませんでした。ただ一人、宇賀克也裁判長のみが「ゆがみ調整2分の1処理」も違法、「デフレ調整とゆがみ調整の併用」も違法であり、国家賠償請求も認めるとの少数意見を判決に記しました。
北海道新聞のスクープ記事を書いた本田良一氏は、最高裁の多数意見に国への「配慮」が見られると批判した上で、判決を「保護費削減の決定過程における悪質さ、具体的に言えば2012年12月の衆院選で自民党が掲げた公約『生活保護給付水準の10%引き下げ』を受けて、当初から大幅削減を目指したと推測される『政治性』が判決文から消えた。政治の影響を受けたとする疑惑から国民とメディアの目をそらしたといえる」と厳しく評価しています(本田良一「政治性をそぎ落とした最高裁判決」『賃金と社会保障』2025年8月合併号)
弁護団は「踏み込んだ判決」を求める

9月29日、口頭弁論の後に記者会見をおこなう各地の原告・弁護団
9月29日、一連の「いのちのとりで裁判」では二度目となる最高裁での口頭弁論が開かれました。各地の弁護団は昨年の判決よりもさらに踏み込んだ内容の判決を最高裁は出すべきだと主張。「ゆがみ調整2分の1処理」についても違法と判断すべきだとの意見が相次ぎました。
秋田訴訟の三浦広久弁護士は、「2分の1処理」についても生活保護基準部会で議論することが可能だったにもかかわらず、秘密裡に決定・実施された点について、その目的が「60歳以上の利用者の保護費を増額させず、財政削減効果にあったことは明らかである」と指摘。「このような正当化を認めるなら判断過程審査が成り立たなくなる。最高裁は正面から判断すべき」と要望しました。
佐賀訴訟の甲木美知子弁護士も、「2分の1処理」には過誤があり、違法と判断すべきと主張。最高裁判決の後に出された国の「対応策」において補償額が半分程度に値切られている点について「行政部門の横暴が止まっていない。全額補償とはほど遠く、司法の役割が行政府によってないがしろにされた」と批判した上で、「司法が真の役割を果たし、行政府の横暴を阻止すべき」と訴えました。
口頭弁論後に開催された報告集会において、兵庫訴訟の藤原精吾弁護士は国が全額補償を行わないことについて「司法が行政になめられている」と語った上で、「昨年の最高裁判決は判決理由の脇が甘かった。今度は、厚労省の姑息なやり方を許さないという判決を出してほしい。去年の判決のコピペは許されない」と語りました。
10月23日(金)15時に言い渡される判決では、原告が勝利するのは確実だと見られています。勝敗はすでについていると言える裁判ですが、厚労省官僚が自民党に忖度して、公正であるべき基準改定を歪めたという「政治性」に司法がどこまで踏み込めるのかという点に注目したいと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。メールアドレスの登録をしていただけると、記事が自動的にメールで届き、読者限定記事も読めるようになります。無料でも登録できますので、ぜひご検討ください。
すでに登録済みの方は こちら